プログラミング義務教育化の是非。小学校からプログラミングを学習する意義と必要性を考えてみた

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プログラミングを義務教育に導入する話をよく聞くようになりました。

「海外では義務教育でプログラミングを教えているのだから、日本でも導入すべきだ」みたいな、日本の政策立案過程によくある外にならえ思想が根底にあるような気がしますが、今回はこのプログラミング義務教育化の意義や必要性について考えてみたいと思います。

まずはネガティブな見方から

政府方針では、プログラミングの必修化は小学校から行うことが計画されています。

早期教育でプログラミングに親しませたいという思いは分かるのですが、その実効性については現時点では少々疑問がありますね。

プログラミングより先に数学では?

プログラミング教育を義務教育で行うにしても、小学校からやることにどれほど意味があるのでしょうか。

というのは、小学生ではプログラミング教育を十分に消化しきるだけの基礎学力が備わっていないからです。

コンピュータープログラミングって、突き詰めれば要するに高度な電子計算機ですよね。

小学生の段階では、方程式や関数のような基礎数学も習っていませんから、そんな状態で表面的にプログラミングだけやったところで、得られる効果は限られていると思います。

変数・代入の概念とか、関数に値を渡すとか、プログラミングの発想のベースは数学ですよね。

ですから、プログラミングよりも先に数学をちゃんと学ぶべきだと思うのです。

一次方程式や一次関数の基礎を小学校の学習内容に持ってくるなら分かりますけどね。

そして、プログラミングの授業を既存カリキュラムと別枠で設けるのではなくて、数学の授業時間を拡大して、その中でプログラミングをやったって良いんじゃないでしょうか。

さらにいえば、教育現場で生徒にiPadを配るんだったら、数学の授業自体にExcelのような表計算ソフトを導入すれば、数学もプログラミングも基礎力の底上げが図れそうなものです。

結局のところ、数学抜きでプログラミングをやるのは、片手落ちだと思うのです。

論理的思考力なんてわざわざプログラミングでやらなくても良いのでは?

プログラミング教育導入の理屈のひとつに、論理的思考力の向上が挙げられることがあります。

しかしこれも、別にプログラミングである必要は無いんですよね。

数学的な論理思考であれば数学でやればいいですし、言語的な論理思考であれば国語でやればよい話です。

プログラミングで醸成される論理的思考能力というのは、所詮はプログラミングの領域だけで使えるロジックでしかありませんから、これで普遍的な論理的思考力が鍛えられると考えるのは安易な気がします。

上でも述べたように、どうせやるなら数学の内容を拡充するとか、あるいは国語の領域で作文やスピーチの能力向上を目指すとか、そういった施策の方がよほど多くの人にとって役に立つと思います。

強要されると子供はやる気を失いがち。いかに興味を持たせるか?

義務教育からプログラミングの授業を導入する目的のひとつに、小さい頃からプログラミングに興味を持たせるというものがあると思います。

プログラミングの裾野を広げようというものですね。

その目指す方向は良いのですが、実際の教育現場で小中学生に興味を持たせる教育ができるかどうかは疑問です。

プログラミングの一番面白いところって、既存の便利なライブラリを活用して、実際に動くものを作るところにありますよね。

ゲームを作りたいとか、そういうグラフィカルなところから興味がわくのが自然です。

これが、Hello Worldとかfor文での数字の足し算とか、そういう基礎の基礎の話から始まると、プログラミングは途端につまらなくなるわけです。

そんなもんわざわざプログラムを書かなくても、メモ帳に文字を打ち込んだり、電卓で計算した方が速いじゃんと思っちゃいますよね。

そして、なんだプログラミングって所詮こんなもんかと感じて、かえって興味を失ってしまう。

プログラミングに元々興味を持っている子なら良いんですけどね? 元々やる気があるのなら多少の退屈な基礎フェーズも乗り越えられるでしょう。

でも、大多数の子は授業でやらなきゃいけないから仕方なくプログラミングをやるわけですよね。

やらなきゃいけないからやるけど……、というモチベーションの中で、いかに子供に興味を持たせる授業ができるかは、かなりよく考える必要が出てくると思います。

義務教育化したからといってそこから天才は現れない

あと、プログラミングを義務教育化したからといって、それによってビルゲイツやザッカーバーグみたいなITの天才が生まれるようなことは無いと思います。

そういう抜きん出た人達というのは、学校の授業なんかあってもなくても関係なく、自分の興味で勉強をするんですよね。

音楽とかみてみると分かると思いますが、いわゆるピアノとか楽器の才能がある人も、学校の授業で音楽に興味を持ったわけではなくて、幼少の頃から家庭の中で独自の教育があったケースが多いと思うんですよ。

プログラミングもたぶん同じで、自発的に興味を持った子が学校とか関係なくどんどん知識を吸収いく感じになると思います。

すると、学校の授業はあってもなくてもあまり違いはないんですね。

ポジティブな見方もないわけではない

さて、ネガティブな意見をたくさん述べてきましたが、ポジティブな側面もすこしはあると思います。

義務教育というのは、そもそもが一握りの天才をつくるものではなく、一般大衆向けの知識の底上げが主目的ですよね。

ですから、義務教育でプログラミングをやれば、多くの人がプログラミングに慣れることができると思います。

これが、いざ大人になって仕事を持たなければならなくなったときに、ひとつの役に立つスキルとなる可能性はあります。

誰もがプログラミングの基礎が分かるなら、IT系の人材確保は今よりも容易になるでしょう。

今後の日本の仕事が大規模に変容して、本当にIT関連の仕事が世の中の大多数を占めるようになるならば、義務教育段階からその基礎をかじっておくことにも一定の意味はあるかもしれません。

もちろん、そのためにはまともなカリキュラムが必要で、プログラミング教育のそもそもの目的やその実現のためのプロセスを導入初期段階でしっかりと整理しておく必要があると思います。