「エモい」とはどんな意味? 用例と使い方 | 身近なことば辞典

いまや日常会話の中でもよく使われる「エモい」という言葉。

この「エモい」とは、結局のところどのような意味なのでしょうか。また、実際にどのような使い方がなされているのでしょうか。

こうした点について、以下、簡単にまとめたいと思います。

意味と由来

エモいとは、「心を動かされる」や「感動的」を意味する英語の「Emotional (エモーショナル)」を無理やり日本語の形容詞にした造語です。

ただし、実際には、単に感動したことだけを表すケースは少ないでしょう。

「この映画めっちゃ感動的だった」と「この映画めっちゃエモかった」の間には、ちょっとニュアンスに差がある感じがします。

何が違うのでしょうか。

「エモい」という表現の中には、「とっても心に響いたんだけど、この気持ちを言葉でどう正確に表現したら良いのか分からない心の葛藤」まで含めたモヤモヤした感情が一部に込められているといえます。

英語の語源通りにストレートな「感動」ではなくて、「なんとも言えない心の揺さぶり」が「エモい」という包括的な表現で吐き出されるわけですね。

なお、Wikipediaによれば、「エモい」という表現は、ロック・ミュージックの世界では古くから使われていたようです。

元々は音楽のジャンルの一つである「イーモウ(Emo)」からきており、メロディアスで哀愁的な音楽性と切ない心情を吐露する歌詞が特徴的なロックミュージックを指す。音楽シーンでは1980年代から使われていた。パンクロックの一種である「エモーショナル・ハードコア」の略称であるとも言われる。エモーショナル・ハードコアは、メロディアスな音楽に感情的な歌詞をのせたロックミュージックで、ここから派生して激情的・感動的な音楽を「エモい」と表現している。

Wikipediaより

この場合、上述の「なんとも言えないモヤモヤ感」には、哀愁や切なさが含まれていると言えるでしょう。(ロックの場合には、それが音楽に乗って爆発するわけですね)

ただし、音楽シーンにおけるジャンルの「エモ」は、一般用語における「エモい」とは指し示すものの方向性がすこし違うというべきでしょう。

音楽における「エモ」は、音楽のある特定のジャンルを示すものですから、指し示す対象は比較的具体的です。

これに対して、一般に使用される形容詞の「エモい」は、より適当で曖昧です。心に響くものであれば何でも対象に含めて良いという懐の深さがあります。

語源が共通の「エモーショナル」からきているとしても、実態的にはもはやそれぞれの方向に派生して別の言葉になっているとみるべきです。

また、俗説として、「エロい」と「キモい」からそれぞれ一文字づつ取って組み合わせたものが「エモい」になったとする説もありますが、現実にはそうした意味で使用されることはほとんどありません。

用例・使い方

  • めちゃエモいネーミングセンスのラーメン屋を見つけた
  • 店内の間接照明まじエモい
  • BGMもエモ系のロックミュージック鳴りっぱなし
  • もやしとメンマが山盛りすぎて全然麺にたどり着けないのエモみ深い
  • ニンニクが強烈に効いたとんこつラーメンはエモ濃度高い
  • 店主のオヤジのそっけない態度は言うなれば渋エモ
  • 店を出たらいつの間にか外が暗くなっててエモい気分になった

適当でいいです。要はなんでも使えます。

批判

この手の俗語によくある批判に、その汎用性の高さから「感情を言葉で説明・表現することを放棄している」とか「思考停止だ」とかいったものがあります。

要は、なんでもかんでも「エモい」で済ませられるので、感想言うのに頭使わなくなってんだろ頭悪くなるぞ、という批判です。

「ヤバイ」などの言葉でも同様の批判が見られましたね。

しかし、これはナンセンスな批判だと私は思います。別に説明ありきで感動する必要はなく、心を揺さぶられた事実だけ伝われば良い場面も多いはずです。

さらにいうなれば、あの有名な清少納言ですら、枕草子で「いとをかし」とか「あはれ」とか、ものすごく抽象的で曖昧な言葉で感動を包括的に表現しているわけです。

それが、日本文学史に残る古典であり名作となっているわけです。まさか清少納言に「何がどう “あはれ” なんだちゃんと説明しろ! 思考停止だ!」などという人はいないはずです。

それと同じことです。

心で感じる事柄について、なんでもかんでも理屈っぽく説明を求める必要はないのです。

思考よりも感情の動きが優先する場面もあるわけで、そんなときこそ一言「エモい」を使って、その瞬間の心の響きを人と共有するのが正しい用法なんだと私は思います。