経済的自由を追求してアーリーリタイアを目指すことは、それほど幸せなことだとは思えない

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アーリーリタイアって、サラリーマンの憧れだと思います。

若いうちに一生分のお金を稼いで、その後は何にも縛られることなく自由気ままに生きる人生。

素晴らしいですね。

私も、将来の夢はニートだなんて思っていた時期がありました。

ニートは現代社会における貴族だよ! みたいなテンションです。

でも、はっきり言って、経済的自由を手に入れてアーリーリタイアを実現するなんて、普通の会社員には難しい話なんですよね。

比較的安定した道を捨てて退路を断った異端児のうちのごく少数が、運とタイミングとリスクを味方につけてはじめて成功する賭けなわけです。

本当に経済的自由を手に入れるためには相当ストイックになる必要がある

資本主義経済において、誰もがお金を欲しがっている中、他の大多数の集団から抜け出して一生分のお金を一気に稼ぐなんてことは、相当な困難を伴います。

いや、不可能というわけではないんです。でも、相当自分を追い込まないと難しい。

そして、それを実現する過程においては、「おカネ」を最優先するあまりに、人間関係や自分の趣味趣向といった「余計なもの」を徹底的に犠牲にする必要だって出てきます。

お金を第一に何よりも優先するくらい、そこまで覚悟を持ってお金に向かっていけますか、ということです。

人生にはお金以外にも価値あることがたくさんあります。

そう考えると、お金を追求して経済的自由を目指す生き方は、ある程度そこそこの職にありつけた人にとっては、総合的にみてあまり魅力的な生き方とは言えないんじゃないかと思います。

大金を稼ぐために本気で努力をすると、生活とのバランスが取れない

例えばですが、お金を最優先事項に掲げると、「金になることは有益」で「金にならないことは無駄」みたいな発想になりがちですね。

これでは私生活にほとんどゆとりは持てないでしょう。

極端な話、家族なんて邪魔になると思います。子供なんてもってのほかでしょう。

自分とお金のことが第一ですから、家庭のことを気にかける余裕なんてほとんど持てないと思います。

でも、家族や身近な人をかえりみずにお金だけを追求する生き方は、私には幸せとは思えません。

もし10年後に本当にお金持ちになれて、そのとき初めて家族に向き合ったとしても、もうその時には手遅れかもしれないのです。

身の丈に合った働き方が一番

結局のところ、アーリーリタイアを目指すほどお金にこだわる生き方は、成功確率が極めて低いうえに犠牲にするものが大きすぎます。

そうではなくて、好きな仕事や興味のある仕事、使命感を抱ける仕事に真面目にコツコツと取り組むことが、多くの人にとっては最も適した生き方だと思います。

安定した仕事なんてないし、将来はいつだって不透明だと言うけれど

世の中の変化は激しく、良い会社に就職したからって一生安泰ではない、という話はよく聞きます。

それは確かに正しいでしょう。

航空会社や電機メーカー、電力会社など、最近の日本では実例はいくらでもあります。

でも、そういったセンセーショナルな話があるからといって、真面目にコツコツ働くことが否定されるわけではありませんね。

マトモに頭を使って仕事をしていれば、所属する会社が潰れたところでどこかしらにまた需要はあるものです。

そうでなければ、怠けていたということです。

重要なのは、良い大学に入れたから将来安泰だとか、大企業に就職したからゴールだとか思ってそこから気を抜くのではなく、常に無理のない程度の頑張りを続けることです。

ゴールしたと思って気を抜くと人は怠けます。

そうすると、寄りかかっていた足場が突然崩れたときに、どうしようもなくなってしまいます。

別に常に気を張っている必要はありません。無理のない範囲で頑張り続けていれば十分です。

そうすれば、変化の時代であっても対応できるだけの実力は身につくのです。